近年、日本政府は深刻な労働力不足に対応するため、外国人高度人材の受け入れ拡大を重要政策として掲げている。少子高齢化の進行により、日本の総人口は2008年の約1億2,800万人をピークに減少し、2024年時点では約1億2,400万人まで縮小している。この人口動態の変化は、労働市場における人材不足を不可避のものとしている。
こうした状況の中で、政府および企業は外国人高度人材の活用を進めているが、近年新たに浮上しているのが、日本語能力要件の強化である。特に、外国人高度人材の採用条件として、日本語能力試験N2レベルを最低基準とする動きが広がっている。
出入国在留管理庁の統計によれば、2024年末時点の在留外国人数は約340万人に達し1、そのうち「技術・人文知識・国際業務」ビザを有する人材は約40万人に上る。これらの人材は日本経済にとって不可欠な存在となっているが、採用条件の厳格化はその流入を制限する可能性がある。
N2レベルの日本語能力を最低要件とする方針は、一見すると職場での円滑なコミュニケーションを確保するための合理的な基準のように見える。しかし、これは実質的に外国人材に対する参入障壁を大きく引き上げるものであり、政策としての整合性には疑問が残る。
特に問題となるのは、日本語が習得難易度の高い言語であるという点である。一般に、日本語能力試験N2に到達するには1,000時間以上の学習が必要とされており23、これは英語と比較しても大きな負担である。このような言語を採用の前提条件とすることは、国際的に見ても例外的である。
しばしば、日本はカナダやオーストラリアと比較されるが、これらの国々では英語能力が求められる一方で、英語は世界中で教育インフラが整備された共通言語である。これに対し、日本語は学習機会が限られており、同列に比較することはできない。
さらに、日本語教育のインフラ自体にも課題がある。送り出し国における日本語教育基盤は依然として未整備な部分が多く、地域間・機関間で教育機会や学習環境に大きな格差が存在する。また、日本国内においても外国人向け日本語教育の供給体制は十分に整っていない。このような状況下でN2を最低条件とすることは、教育インフラの実態を考慮しない制度的に過度な要求である。
加えて、日本の高等教育政策との不整合も顕著である。文部科学省の「留学生30万人計画」以降、日本の大学では英語のみで学位取得が可能なプログラムが拡充されており、日本語能力を必須としない形で学位取得が可能な留学生も増加している。4
その結果、日本は「日本語ができなくても学べる国」である一方、「日本語ができなければ働けない国」となっている。この二重構造は、外国人留学生のキャリア形成に大きな制約を与えている。
実際、日本学生支援機構の調査では、留学生の多くが日本での就職を希望しているにもかかわらず、就職率は30〜40%程度にとどまっている。56その主要な要因の一つが、日本語能力要件の高さであると指摘されている。
一方で、日本は深刻な人材不足に直面している。経済産業省は、2030年までに最大79万人のIT人材が不足すると予測しており7、特にエンジニアの確保は喫緊の課題である。このような状況において、言語能力を過度に重視することは、政策的に自己矛盾を生む。
国際的には、英語を共通言語とする職場環境が一般的であり、多くの企業が言語の壁を低くすることで優秀な人材を確保している。しかし、日本企業の多くは依然として日本語中心の業務運営を維持しており、柔軟性に欠けている。
このままN2要件を前提とした採用が続けば、日本で教育を受けた外国人材が他国へ移動する可能性が高まると懸念される。日本は「学ぶ場所」としては選ばれても、「働く場所」として選ばれない国となりかねない。
以上のように、日本におけるN2要件の強化は、外国人高度人材の受け入れ政策と明確な矛盾を生じさせている。この問題を解決するためには、日本語能力要件の柔軟化とともに、企業の多言語対応、そして教育政策と労働政策の整合性確保が不可欠である。さもなければ、日本は自ら人材不足を深刻化させる方向へ進むことになるであろう。
- 出入国在留管理庁 令和6年末現在における在留外国人数について
https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00052.html ↩︎ - 日本語オンラインスクール JLPTの学習時間目安|外国人社員がN5〜N1に到達するまでの期間と実務レベル
https://nihongo-jinzai.com/column-page/column133/ ↩︎ - coto Japanese Academy 日本語能力試験(JLPT)に合格するには何時間必要か?
https://cotoacademy.com/ja/study-hours-needed-pass-jlpt-comparison-levels/ ↩︎ - 文部科学省『留学生30万人計画』骨子
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ryugaku/081210.pdf ↩︎ - 厚生労働省 「外国人留学生」の国内就職の現状 https://www.mhlw.go.jp/content/11655000/000689552.pdf ↩︎
- 2024(令和6)年度外国人留学生進路状況調査結果 令和8年5月
独立行政法人日本学生支援機構(JASSO) https://www.studyinjapan.go.jp/ja/statistics/career-and-degrees/data/2605291100.html ↩︎ - 経済産業省 IT分野について https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/daiyoji_sangyo_skill/pdf/001_06_00.pdf ↩︎
Andi Holik Ramdani(アンディ ホリック ラムダニ)
橋本財団 ソシエタス総合研究所 研究員
インドネシア出身。同国の教育大学を卒業後、東北大学大学院で宗教的マイノリティー留学生への対応を研究。地域の多文化共生やインドネシア人労働者の支援活動に従事し、現在は橋本財団ソシエタス総合研究所で移民政策や在日労働人材の実態調査を行う。
※本コラムは著者個人の見解です。
























