機械やAIだけでは人手不足を補えない理由

機械やAIが進歩すれば、人手不足は解決するのではないか。多くの人がそう願っている。実際、決まった作業の繰り返しが多い工場や、書類仕事の一部では、機械化と自動化によって大きな省力化が進んだ。ただし、現場の一線にいる人々が口をそろえて指摘するのは、「すべての仕事が機械で置き換えられるわけではない」という現実である。

国際通貨基金(IMF)の報告書「G20向け背景報告:高齢化と移民が成長と生産性に与える影響」(2025年)1は、先進国全体で女性や高齢者の労働参加率がすでに歴史的な水準まで達しており、頭数を増やす余地が乏しくなっていることを示している。日本でも同じ状況である。働ける女性、働ける高齢者は、もうかなりの割合が現役で働いている。統計を開けば、日本の女性就業率2も、65歳以上の就業率3も、先進国の上位に並ぶ。残った人々を新たに労働市場へ呼び込む余地は、もうあまり残っていない。

では機械やAIが残りを埋められるのか。

工事現場を思い浮かべてみたい。地面の傾き、配管の位置、上から落ちてくる雨。条件は毎日変わる。決まった動きを正確に繰り返すロボットは強いが、変化に合わせて判断し、体を動かす作業は今も人間の独壇場である。介護も似ている。お年寄り一人ひとりの体調と感情を読み取りながら、声をかけ、手を貸す。マニュアル通りに動けば済む仕事ではない。接客業も同様だ。「もう少し量を減らしてほしい」「子どもがぐずって困っている」。場面ごとに違う要望に、即座に応える柔軟さが要る。介護ロボットや配膳ロボットは確かに広がりつつあるが、現場で求められているのは、人の手と組み合わせて使う道具としての役割であって、人間の全面的な代替ではない。

つまり、人間の手と判断が必要な仕事は、思った以上に多く残っている。

ここで感情論を一度脇に置いてみたい。「外国人を入れたくない」という気持ちには、暮らしを守りたいという正当な動機がある。しかし、人手不足によって近所のスーパーから生鮮品が消え、特養が閉鎖され、橋の点検が止まったとき、生活はどうなるのか。守りたかった暮らし自体が崩れていく。

機械化、女性と高齢者の活躍、海外からの働き手。三つすべてを組み合わせなければ、国を動かし続けることはできない。海外からの受け入れは、好き嫌いの問題ではなく、生活基盤を残すための算数の問題である。歓迎する必要はない。ただ、必要な人数を、必要なルールのもとで迎える。割り切った姿勢こそが、結果として日本の風景を守る道なのである。

  1. INTERNATIONAL MONETARY FUND「Does not necessarily reflect the views of the IMF Executive Board July 2025」https://www.imf.org/-/media/files/research/imf-and-g20/2025/g20-background-note-on-aging-and-migration.pdf ↩︎
  2. 独立行政法人労働政策研究・研修機構「研究報告1子育て女性の職業キャリア──少子化とライフステージの視点から」(講演者 周 燕飛 日本女子大学 人間社会学部 教授)(2023年2月15日-20日)https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20230220/houkoku/01_kenkyu1.html ↩︎
  3. 総務省・統計トピックスNo.146「統計からみた我が国の高齢者 -「敬老の日」にちなんで-」(2025年9月14日)https://www.stat.go.jp/data/topics/pdf/topics146.pdf ↩︎

小倉 健一

ITOMOS研究所 所長

1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。
国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任。
2021年7月ITOMOS研究所設立、同所長。

※本コラムは著者個人の見解です。