「全部受け入れるか、全く入れないか」からの卒業

外国人の受け入れをめぐる議論は、長らく二つの極端な意見に引き裂かれてきた。片方には「多様性は無条件に良いことだ」として国境を低くしようとする声があり、もう片方には「日本の文化と治安を守るため、外国人は一切入れるな」という強い拒絶の声がある。一部にはこのような意見もあるという前提を踏まえつつ、両者がぶつかり合った結果、現実的な落としどころが見えなくなっている。

しかし、立ち止まって考えてみたい。完全な鎖国は、もはや成立するのだろうか。

リクルートワークス研究所が発表した「未来予測2040」(2023年)1は、日本が間もなく深刻な労働供給制約社会に入ることを示している。物流、建設、介護、接客といった生活を支える仕事で、すでに人手が足りない。橋や水道管の更新、毎日の買い物、家族の介護。暮らしを成り立たせている仕事の担い手が急速に消えつつある。女性や高齢者の働く割合も先進国で最高水準に達しており23、機械やAIで埋められる範囲にも限界がある。外国人を一人も受け入れない道を選べば、地方の自治体が次々と機能を失い、暮らし全体が立ち行かなくなる。

一方で、安易に受け入れる道もまた現実的ではない。突き放した目で人間の性質を見つめておきたい。人は、同じ言葉と同じ習慣を持つ者同士で集まって暮らしたがる生き物である。受け入れた外国人も自然に固まって住み、日本の慣習と異なる行動が生じることもある。理想を語る前に、厳しい前提を腹に据えておきたい。ヨーロッパでは、文化の違いを尊重するあまり外国人が特定の地域に集中して住み、警察も入りにくい場所が生まれたと指摘されている【編集部注:utsatta områden 脆弱地域】4。「自宅の隣の公園が、知らない言葉と知らないルールで占拠されたら不安だ」という気持ちは、政治的な立場を問わず、平穏な暮らしを望む誰もが持つ自然な感情である。

大切なのは、寛容な気持ちを持ちつつも、厳格に管理をしていくことだ。経済が立ち行かなくなるデメリットと、地域共同体が変わってしまう不安。両方を同時に受け止めたうえで、第三の道を探す必要がある。

第三の道とは、外国人を働き手として受け入れつつ、住む場所や日々のルールは国と自治体が責任を持って管理する、というやり方である。シンガポールでは、特定の民族が一か所に集まって住まないよう、公営住宅の入居比率を細かく決めている(民族統合政策/Ethnic Integration Policy)5。日本で全く同じ形は難しいが、考え方は学べる。分散して住んでもらい、ゴミ出しや騒音のルールは守ってもらう。働く場を開く代わりに、暮らしの作法はゆずらない。

「全部受け入れるか、全く入れないか」という問いを、ひとまず脇に置きたい。代わりに「どう受け入れ、どう管理するか」を考える段階へ進みたい。今いちばん必要なのは、感情の対立ではなく、突き放した現実認識と、制度を組み立てる勇気である。

  1. リクルートワークス研究所「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」(2023年03月28日)https://www.works-i.com/research/report/forecast2040.html ↩︎
  2. brIDgeコラム・小倉健一「機械やAIだけでは人手不足を補えない理由」https://bridgejapan.net/1177/ ↩︎
  3. OECD「雇用見通し2024年版-国別解説:日本」https://www.oecd.org/en/publications/2024/06/oecd-employment-outlook-2024-country-notes_6910072b/japan_85e15368.html ↩︎
  4. スウェーデン警察庁(Polismyndigheten)「脆弱地域 – 警察の状況報告」https://polisen.se/om-polisen/polisens-arbete/utsatta-omraden/ ↩︎
  5. シンガポール政府・住宅開発委員会「民族統合政策(EIP)とシンガポール永住権割り当て」https://www.hdb.gov.sg/buying-a-flat/resale-flats/process-for-buying-a-resale-flat/resale-flat-planning/eip-and-spr-quota ↩︎

小倉 健一

ITOMOS研究所 所長

1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。
国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任。
2021年7月ITOMOS研究所設立、同所長。

※本コラムは著者個人の見解です。