民主主義に関わるパトロネージュとクライアンテリズム――トランプ政治の源流を考える

フランシス・フクヤマの著書『政治の衰退――フランス革命から民主主義の未来へ』(会田弘継訳、講談社、2018年)1を手掛かりにすると、トランプ政治の背景には、民主主義が本来的に抱えるパトロネージュとクライアンテリズムの問題が存在していることが見えてくる。

人間には進化の過程で形成された二つの強い傾向がある。一つは血縁者を重視する傾向であり、もう一つは互恵的な関係を築こうとする傾向である。前者は自分や家族の利益を守ろうとする行動として現れ、後者は「何かを与えられたら、その見返りを返す」という互酬的な関係として現れる。しかし、人々がそれぞれの利益だけを追求すれば、社会は容易に対立と混乱に陥る。そのため、人間社会は個別の利害を超えた一般的なルールや制度を必要とするようになった。法の支配や官僚制は、そのような必要性の中から生まれた制度である。

初期の狩猟採集社会や部族社会では、血縁と互酬性が社会秩序の基盤であった。政治権力もまた血縁関係を中心に形成され、国家が誕生した後もその影響は残った。このような傾向を政治学ではパトロネージュと呼ぶ。パトロネージュとは、公的な地位や資源を能力や法ではなく、個人的な忠誠や縁故に基づいて配分する仕組みである。一方、クライアンテリズムとは、有権者や支持者が政治家を支援し、その見返りとして利益や便宜を受け取る関係を指す。これは単なる汚職ではなく、民主政治の発展過程において自然に生じやすい政治的交換関係である。

フクヤマが指摘するように、民主主義は必ずしも良い統治を保証するものではない。むしろ民主政治はクライアンテリズムを生み出しやすい側面を持つ。有権者は自らの利益を実現してくれる政治家を支持し、政治家は票を得るために特定集団への利益配分を行うからである。その意味で民主主義とクライアンテリズムの間には避けがたい緊張関係が存在する。

こうした傾向に対抗する仕組みが官僚制である。中国では秦・漢帝国の時代に世界で最も早い官僚制国家が成立し、隋代に科挙制度へと発展した。もちろん官僚国家でも、血縁や縁故主義が完全に消滅したわけではないが、少なくとも国家運営を個人的な関係から切り離し、一定の規則に基づいて行う試みが始まったのである。その後、ヨーロッパでも戦争と国家間競争を通じて官僚制が発達した。特にプロシアやフランスは早い段階から優秀な官僚組織を形成した。イギリスでも19世紀半ば以降、公開競争試験を導入し、縁故主義から能力主義への転換が進められた。フクヤマは、健全な民主主義が成立するためには、民主化に先立って自律的で能力主義的な官僚制が形成されることが望ましいと考えている。20世紀に誕生した多くの独立国で、民主政治が発展しない理由の一つがこの点にある。

しかし、官僚制にも問題はある。政治から独立しすぎれば、官僚は国民ではなく自らの組織利益を優先する可能性がある。したがって、民主主義と官僚制は相互に緊張関係を保ちながら均衡を取る必要がある。

アメリカの歴史を見ると、この問題は特に鮮明である。建国以来のアメリカでは、封建的身分制度が弱かったため、国家による再分配よりも個人の自由と自立が重視された。また、イギリス王権への反発から生まれた国家であったため、強い政府への警戒感も根強かった。その結果、19世紀のアメリカ政治では政権交代のたびに公職を支持者へ配分する「スポイルズ・システム」が広がった。これは典型的なパトロネージュ政治である。その後は利益集団と政治家の交換関係を中心とするクライアンテリズムへと形を変えながら、現在まで存続している。

こうした歴史的伝統は、現代のトランプ政治にも影響を与えているように見える。トランプは既存エリートへの反発を背景に登場したが、政権運営では親族や個人的忠誠を重視する人事を行った。また、支持基盤に対する利益配分や特定集団への優遇政策も展開した。そこには近代官僚制よりも、パトロネージュやクライアンテリズムに近い政治手法を見ることができる。フクヤマの視点からすれば、トランプ政治はアメリカ政治の例外ではない。むしろ人間社会に根深く存在する血縁重視と互酬性という傾向が、民主主義の中で再び姿を現した現象と理解できるのである。民主主義の課題は、こうした人間の自然な傾向を完全に排除することではなく、それを法の支配と能力主義的官僚制によっていかに制御するかにある。

  1. 講談社「政治の衰退 上 フランス革命から民主主義の未来へ」(発売日
    2018年06月20日)https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000186914 ↩︎

橋本俊明

「brIDge」主筆/公益財団法人橋本財団 理事長

1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。