人口減少は、人類文明の新しい段階ではないか

18世紀末に「人口論」を唱えたトマス・ロバート・マルサス。「人口は幾何級数的(2×2×2×……)に増加するが、食糧生産は算術級数的(2+2+2+……)にしか増えない」と考え、そこでは、飢餓や貧困は、人間に比べ食料が少ないための必然的帰結であり、人類社会は常に”過剰な人間”に悩まされるものとして描かれている。中国もインドでも(この2つの国で今や世界人口の三分の一を占める)1、増え続ける人口を抑制しようと、産児制限を行った。しかし、現代はまったくそれとは異なった様相を見せている。「人口減少」である。

現代の人口学者ダリル・ブリッカーは、『Empty Planet(2050年世界人口大減少)』の中で、世界は急速な少子化と人口減少に向かっており、マルサス的危機は到来せず、教育水準の上昇、都市化、女性の社会進出によって出生率は低下し、多くの国では人口維持すら困難になっているという。問題は「人口爆発」ではなく、「人口縮小社会」をどう維持するかに移行したのである。この傾向は、現在の西欧諸国、東アジア全般に広まり、ついで、アフリカ、西アジア、南アジアへと広まるだろう。子供は、農村社会では労働力としての「資産」であるが、都市では消費をするに過ぎない「負債」であると考えられたのだ。

マルサスの悲観論と違って、ケインズは1930年に書いた『我々の孫たちの経済的可能性』で、100年後には我々は週に2日程度働けば良い世界が到来すると期待した。事実、生産性は100年の間に4〜8倍伸びて、かつての生産を維持するのは、週に2日程度の労働で十分な世界が到来している。しかし、そうはなっていない。はたして、人類は十分な食料を得て、順調に生きていけるのだろうか? しかし、この二つは単純にどちらかが正しく、どちらかが誤っているという関係ではない。むしろ、人類は「不足の時代」から「縮小の時代」へ移行したと考えるべきである。マルサスが生きた時代には、生産力そのものが低かった。人口増加は直ちに食糧不足を引き起こした。しかし、産業革命、化学肥料、機械化、遺伝子改良、グローバル物流などによって、人類は食糧生産力を飛躍的に増大させた。つまり、人類は技術によって一時的にマルサスの壁を突破したのである。

だが、その成功自体が、新しい問題を生み出した。都市化と高教育化は出生率を低下させ、経済成長を支えていた人口増加モデルを崩した。現代資本主義は、暗黙のうちに「人口が増え続ける」ことを前提としている。労働者は増え、市場は拡大し、不動産価格は上がり、税収も増える。しかし人口減少社会では、その前提が崩れる。住宅は余り、地方都市は縮小し、社会保障は重くなる。つまり、マルサスが恐れた「人が多すぎる社会」とは逆に、現代は「人が少なすぎる社会」の危機に直面しているのである。

ここで重要なのは、「人口そのもの」が問題なのではなく、人口と社会システムの関係が問題だという視点である。人口増加社会では、希少な資源をどう分配するかが中心課題だった。だが人口減少社会では、縮小する社会をどう維持するかが中心課題になる。経済学もまた、「成長の経済学」から「縮小の経済学」へ転換を迫られている。

さらに言えば、人口減少は必ずしも悲観すべきことだけではない。環境負荷は減少し、一人当たり資源は増えうる。AIやロボット技術が進めば、少ない人口でも高い生産力を維持できる可能性もある。重要なのは、人口減少を「異常」と見るのではなく、人類文明の新しい段階として受け止めることである。

マルサスは「自然の限界」を見た。ブリッカーは「文明の成熟」を見た。そして現代の課題は、その両者を統合し、「有限な地球の中で、縮小しながら持続する社会」をどう設計するかにある。人口問題とは、単なる人数の問題ではなく、人類がどのような文明を望むのかという問いなのである。

  1. 国連 経済社会局統計課 人口統計および社会統計 統計製品およびデータベース 人口統計年鑑2024 https://unstats.un.org/unsd/demographic-social/products/dyb/dyb_2024/ ↩︎

橋本俊明

「brIDge」主筆/公益財団法人橋本財団 理事長

1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。