企業を守る社会から個人を守る社会へ

高度経済成長期の日本では、企業は年功給を採用し、終身雇用を原則としていた。そのために、労働者は企業の命令に忠実に従い、見返りとして雇用を保証された。国家に対しても日本国民の姿勢は企業の延長線上にあり、表面的には不平を述べるが、結局は企業に対する姿勢と同じように、国家に対して従順な姿勢は変わらなかった。その見返りに、国家は国民に対して社会保障を十分に拡大し、その後、国家財政が悪くなっても、赤字国債の発行で、表面的には社会保障給付を維持している。これは、第二次大戦後、冷戦が起こったためにアメリカの傘の下に隠れ、防衛予算が長年GDPの1%以下に抑えられていることを、アメリカも了承していたことも寄与している。しかし、経済成長は、2000年代に入り大きく減少し、2010年代には通常の成長率は実質で1%以下になったにもかかわらず、考え方はあまり変化せず、会社に頼り、国家に頼った経済成長を前提とした国家運営、とくに社会保障運営が行われた。

日本では、戦後長い間、終身雇用、年功給に伴う企業への忠誠心、企業を中心とした社会保障体制を保っていた。このままでいくと、人口減少が進むにつれて(人口減少は政策では止まらない)、成長率は0かあるいはマイナスになっていくだろう。そして、日本政府が態度を変えない限り、赤字予算は増加し、ついには国家財政の破綻の前に、円安に伴う強いインフレが起こる可能性がある。政府にとってインフレは予算を組むうえでは都合が良いかもしれないが、国民生活、特に中間層以下の生活は苦しくなる。このような状態を回避するためには、どのようにすればよいのか?

国に期待する方法として、国家が成長分野を決めそれに向かって投資する方法もある。現在、高市早苗内閣総理大臣のもとで、「日本成長戦略会議」(内閣官房日本成長戦略本部)が作られ1、今後重点的に投資すべき分野を選び、予算を振り向けるようだ。しかし、先進国になった後の日本で、国家主導によって成功した事例はほとんどないし、むしろ、すでに先端的な企業は戦略を実行しているのではないか? したがって、国家が恣意的に投資を行って成長を取り戻すことは難しいと考えるべきだ。唯一成長の可能性があるのは、「規制」を緩め、企業が「自由」に活動する環境を作ることである。また、企業への補助も縮小しなければならない。それに伴って、企業の倒産や失業が増加する。一時的に経済も低迷する可能性があるが、幸いにも人口減少は、失業問題を大きくしないですむ要素だ。会社依存的制度の典型例が、企業に対する「雇用調整助成金」だ2。企業を倒産させないことによって、従業員の福利厚生を保つことを目的としているが、この制度は不適当な企業を存続させるので、企業に対してではなく、失業した労働者に対しての給付金を大幅に手厚くして対処すべきだ。

そして、一時的な個人への給付や減税は国家財政を悪化させるので、止めるべきである。そもそも、過去の政府が行ったいろいろの給付が、人々を救ったという証拠は乏しい。少しばかりの給付では、貧困層を除く多くの国民の生活を改善することにはならないのだ。従って、限られた予算内での給付は、失業者、障害者、仕事ができない高齢者などに集中限定すべきであり、その意味で「普遍的給付」から「選択的給付」へと切り替えなければならない。

このような施策は、企業への給付は行わず、生活困難な人への給付を重点的に行うことを意味している。ある意味では、小さな政府と似ている。しかし、障害者、失業者、高齢者などへの援助は継続するし、むしろ拡大させるべきだ。

企業のリサイクルは経済にとって非常に重要なので、倒産しても個人が過度の負債を負うことなしに新しい仕事へ向かうことが出来る機会を作るべきである。この点で、企業の負債に対する個人保証を無くすること、従業員に対する失業給付を手厚くすることが必要だ。何回も政府が述べている「これが最後の機会だから」との言い草が最も適用できるのは、このような「考え方」についてである。考え方は文化のサイクルと同じように20〜25年単位で移行するので、一旦サイクルを外すと、しばらくはその考えに染まってしまう。

そして、最も重要なものは、教育である。教育による社会改革は、すべての人が唱えることであるが、その内容と時期では大きな違いがある。教育の目的は、当然ながら、国家のために国民が行動するのではない。そうではなく、国民が望んだ政策を国が行う「民主主義」を理解させることだ。「民主主義」の理解は「自由の相互承認」(ヘーゲル)の原則を理解することである。そして、この民主主義教育は、自立した個人をつくることにある(日本でこのような個人を育成できているかどうか疑わしい)。家庭での教育は、時には依存性を増すことになる場合もある。自立心の多くは公的教育によって作られる。その教育は、早期に3歳児から行う必要がある。その教育も実際の行動に即して行うべきだ。次いで、国家は国民の意思で成り立っているのであり、国家が先行しているのではない(国家を存続するために民衆があるのではない)ことを認識する必要がある。その意味で、国民全体が政治に関与することを目指すべきだろう。

  1. 日本成長戦略本部/日本成長戦略会議https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/index.html ↩︎
  2. 雇用調整助成金(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/pageL07_20200515.html ↩︎

橋本俊明

「brIDge」主筆/公益財団法人橋本財団 理事長

1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。