欧米の経験を踏まえ、「外国人問題」をいかに解決すべきなのか――日本から世界に発信する気概をもとう――

日本でも外国人労働者や移民の大量受け入れが深刻な社会問題になりつつある。先行する欧米諸国では、民族構成や文化、宗教の急激な変容への恐れから反移民デモが頻発し、ポピュリズム政党が躍進し、国内世論の分断も日常化している。

こうした混迷の先例に学ぶならば、我々は今こそ政策の方向転換を決断すべきだ。つまり、少なくとも中長期的には、日本の国家運営は基本的には日本人の手だけで行うという意味で「自律的で真っ当な国づくり」の路線へと回帰すべきだ。

このように述べれば「外国人に来てもらわなければ多くの産業や地域社会が成り立たない!」という反論が政財界から聞こえてくるだろう。しかし、現在の「人手不足」は決して自然現象ではない。過去30年間、産業構造や人口動態の長期的な調整を怠ってきた「国づくりの大失敗」が招いた人為的かつ構造的な結果である。

なぜこれほどの大失敗が放置されたのか。その元凶は新自由主義に基づくグローバリズムにある。この考えの下では、グローバルな多国籍企業や投資家の力が強くなりすぎ、彼らの短期的な経済的利益を最大化しようとする視点から各国の経済政策が作られてしまう。

資本の国際的移動が自由になった結果、グローバルな企業や投資家は「人件費を下げられるよう非正規労働者を雇用しやすくする改革を行え。さもなければ生産拠点をこの国から移す」「法人税を引き下げる税制改革を実行しないと貴国にはもう投資しない」と各国政府に圧力をかけられるようになった。日本の歴代政権もそれにおもねる構造改革を繰り返してきた。その結果、一般庶民の声は政治に届かなくなり、生活は不安定化した。

今日の外国人受け入れをめぐる課題の真因もここにある。企業や投資家が安価な労働力を求める一方、その様々なツケを行政や地域社会、ひいては一般国民に負担させているのだ。この歪みは低賃金化の悪循環を生み、日本人の家庭や地域社会、そして長期的には国家の基盤を内側から崩壊させてしまう。

この危機を根本から改めるには、国内的・国際的な双方のアプローチによるグランドデザイン(基本設計)の再構築が不可欠である。

国内的には、積極財政に舵を切り、定期的な多額の公共投資によって民間の設備投資を呼び込み、徹底的な生産性の向上を図ることで「労働力不足」を克服する。短期的措置としての外国人労働者受け入れは時間的・量的に厳格に限定し、受け入れる以上は日本人と同等の処遇を確保し、外国人労働者の定期的な帰省を認めその費用も負担するなど、人権と労働市場の双方を守る厳格なルールを敷くべきだ。

そして国際的には、国際協調を進めなければならない。新自由主義的な国際経済秩序を放置したまま一国のみで規制を強めれば、資本の逃避を招く。だからこそ、グローバリズムに懐疑的な諸外国の政治勢力に呼びかけ、緊密に連携し、資本の国際的移動を一定程度制限することを認める「新しい国際経済秩序」の創設を目指す必要がある。グローバルな企業や投資家の力が過度に大きくなる現在の欠陥を是正し、各国の主権と地域社会の自律性を取り戻すための国際協調である。(また、現在、移民を送り出している貧しい発展途上国も、そこから脱却し、やはり自律的な国づくりを行うことができるようになることが必要だ。先進各国は、彼らの自律的国づくりを可能にするための国際援助の仕組みを整えるべきだ)。

自治体の現場は今、「多文化共生」の掛け声の下で、社会のきしみを実質的に背負わされている。安易な受け入れを抑制し、国内外の経済秩序を真っ当な姿に戻すこと――これこそが排外主義を防ぎ、真の意味での人道的かつリベラルな社会を維持する道である。日本は誇りを持って、この持続可能な「自律的で真っ当な国づくり」のモデルを世界に先駆けて発信するべきである。

施 光恒(せ・てるひさ)

九州大学大学院教授

専門は政治哲学・政治理論。グローバリズムが自由民主主義・地域社会・国家主権に及ぼす影響を研究し、外国人受け入れ政策や国のあり方を幅広く論じる。著書に『英語化は愚民化』(集英社新書)など。

※本コラムは著者個人の見解です。