ヨーロッパが失敗した「多文化共生」の現実

ヨーロッパには長らく一つの理想があった。「お互いの文化を自由に尊重し合えば、多様な人々が一つの国の中で平和に暮らせる」という考えである。同化を強く求めず、移民自身の言葉、習慣、信仰を保つことを良しとする。「多文化共生」と呼ばれる方針だ。聞こえはとても優しい。

しかし、現実に起きたことは理想とずいぶん違っていた。

ドイツ、フランス、スウェーデン。受け入れに前向きだった国々で、都市の一部地区に同じ出身者が集まり、独自の言葉と独自のルールを持つ「もう一つの社会」ができ上がっていったとされる。1学者たちは「並行社会」と呼ぶ。2同じ国の中に、互いに混じり合わない別の社会が並んで存在する状態のことだ。警察すら入りにくい地区も生まれ、国の法律よりも、特定の集団内のルールが優先される場面も出てきたとされる。受け入れた国の土台である「法の下の平等」が揺らぎ始めたとも指摘されている。

ハーバード大学のロバート・パットナムが発表した論文「多様性とコミュニティ:21世紀の合衆国」(2007年)3が示唆する事実は重い。各地の地域社会を調べた結果、多様性が急に高まった地域ほど住民同士の信頼が下がり、顔を合わせる機会が減っていく、という結果が出た。「多様性が増えれば社会は自然に豊かになる」という素朴な期待に、データは厳しい答えを返したのである。

なぜ理想は失敗したのか。人は、放っておくと同じ言葉と同じ習慣を持つ仲間と固まって暮らしたがる生き物だからだ。安心できる相手と一緒にいたいという気持ちは、誰の中にもある自然な感情である。問題は、政府が「文化の自由」を理由に、自然な動きを放置したことだった。結果として、地域は同じ出身者で埋まり、外の社会と交わる接点を失っていった。

「多様性は良いことだから、放っておけば自然に混ざり合う」というのは、希望的観測にすぎなかった。多様性を保つには、放任ではなく、計算された介入が必要なのである。住む場所が偏らないようにする、地域のルールを学んでもらう、受け入れ国の言葉を必ず身につけてもらう。優しい言葉だけでは、社会は穏やかにならない。

日本が学ぶべきは、ヨーロッパの理想の美しさではなく、現場で起きた苦い経験のほうである。文化の自由を認めることと、国の中に「もう一つの国」を作らせないことは、両立しなければならない。受け入れる気持ちと、線を引く強さ。両方を持って初めて、地域は穏やかに保たれる。理想を理想として大切にしながらも、人間の素直な性質から目をそらさない姿勢こそが、次の世代に静かな暮らしを引き渡すための条件である。

  1. 移民政策学会 投稿論文ドイツ「社会的都市プログラム」の移民統合政策としての成果―都市別データを用いた実証分析 田村 穗https://iminseisaku.org/top/pdf/journal/015/015_128.pdf ↩︎
  2. 並行社会の概念と、移民および多文化主義に関する議論におけるその利用https://www.academia.edu/1175022/The_concept_of_Parallel_Societies_and_its_use_in_the_immigration_and_multiculturalism_discourse ↩︎
  3. E Pluribus Unum:21世紀における多様性とコミュニティ 2006年ヨハン・シュキッテ賞記念講演
    ロバート・D・パットナム 初版発行日:2007年6月15日 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1467-9477.2007.00176.x ↩︎

小倉 健一

ITOMOS研究所 所長

1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。
国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任。
2021年7月ITOMOS研究所設立、同所長。