2026年5月14日、日本商工会議所・東京商工会議所が「『外国人との秩序ある共生と受入れ』の戦略的な推進に向けて」と題する政策提言を公表した。(下記リンク先)在留外国人が400万人を超え過去最高を更新する中1、全国515の地域商工会議所と約125万の会員企業を持つ経済団体が国に向けて外国人政策の「国家戦略化」を訴えた。この提言は国への要請文書である一方、商工会議所が外国人政策の実装者として公式に前に出た宣言でもある。自治体職員がこの提言を読む意味は、そこにある。
提言の概要
日本商工会議所は商工会議所法(1953年制定)に基づく認可法人2であり、地域の経済・産業の振興を担う「地域経済の総合団体」として位置づけられる。今回の提言は総合政策委員会が取りまとめたもので、「地域や現場の声を踏まえて」国への政策要請として発表された。3つの提言の骨子は以下の通りだ。
| 提言タイトル | 提言内容 |
|---|---|
| Ⅰ 国家成長戦略として外国人政策の確立を | 省庁横断の司令塔設置・基本法制定・外国人関連統計整備・アンコンシャス・バイアスの解消 |
| Ⅱ 「地域住民」として包摂される社会の構築を | 在留資格更新と連動した包括的プログラム創設・外国人児童への教育義務化・生活圏単位の広域連携 |
| Ⅲ 「働き手」の秩序ある受入れの推進を | 育成就労制度の円滑移行・電子渡航認証制度(JESTA)導入・国主導の送り出し国での日本語教育支援 |
なぜ今、経済界が動いたか
提言の冒頭はこう書かれている。
「これまでの外国人の受入れや共生政策は…(中略)…地域で急増する外国人をどうするか等の管理に重きが置かれ、対症療法的に現場に対応が委ねられてきた側面が否めない」3
「対症療法的に現場に委ねられてきた」という言葉は、自治体職員にとっても実感を伴う記述だろう。制度の企画立案は国が担うが、実際の受入れ・支援・相談対応は自治体と企業が担う。財源と権限の裏付けが不十分なまま、現場が個別対応を重ねてきた——その積み重ねへの問い直しが、この提言の底流にある。
こうした問題意識の背景には、2026年1月に政府が公表した「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」4の動向もある。350超の施策パッケージは治安対策への重点配分が目立つが、商工会議所はこれに対し「共生の観点からの政策の追加等も柔軟に検討されたい」と踏み込んで要請している。受入れ推進と共生の両輪を同時に求めるこの立場は、現場で外国人を雇用し、地域に送り出す中小企業の声を代弁している。
前提としての地方自治体と地方商工会議所の距離感
この提言の意味を正確に読むには、まず商工会議所と地方自治体の関係性の深さを理解しておく必要がある。
商工会議所は単なる民間経済団体ではない。「公益法人として組織や活動などの面で強い公共性を持つ」認可法人として、都道府県から補助金が支給されており、経営指導員の人件費には地方交付税を原資とした公的資金が充てられている5。その活動は国と地方の財政的な裏付けのある「半公的組織」としての性格を帯びている。
総合計画の策定過程では産業振興分野の主要アクターとして審議に参加し、地方版総合戦略の推進においても不可欠なパートナーとして機能している。
「地域の商工業者の意見を集約し、政策提言、経営支援、地域振興等、さまざまな活動を行う」という商工会議所の役割は、外国人政策の文脈でも同様だ。今回の提言で示された4地域の事例はこれを裏付ける。豊橋では商工会議所副会頭が市国際交流協会の会長を兼ね、自治体の多文化共生推進計画の策定に関与した。磐田では市・商工会議所・大学・銀行・信用金庫が連携協定を締結し、外国人との共生社会の実現を目指している。
つまりこの提言は「国への要請」でありながら、商工会議所という地域の準公的アクターが外国人政策の優先課題として「共生の実装」を公式に宣言した文書でもある。商工会議所と密接に連携する自治体にとって、その宣言の重みは小さくない。
提言の3本柱 自治体実務に関わる論点
提言のすべての項目を追うことはできないが、自治体職員が実務として受け取るべき論点を3つに絞ると次の通りだ。
①「外国人の不就学・不就労・孤立」への危機感
外国人高校生の中退率は全国平均の約8倍。8,000人以上が不就学等になる恐れがあるという数字は深刻だ。6現行法上、外国籍の子どもには義務教育は適用されない(就学案内は出されるが強制力を持たない)。提言は「外国人児童への教育の義務化」を求め、外国人保護者による子の教育保障を「在留資格延長の要件とすべき」とまで踏み込んでいる。子どもの不就学は将来の孤立・不法就労リスクの温床になる——その構造的なリスクへの対処は、自治体の現場にも突きつけられている。
②「包括的プログラム」と在留資格の連動
提言は「社会包摂のための包括的プログラム」の創設を求め、そのプログラムへの参加状況を在留資格の更新評価に連動させる仕組みを提案している。これが実現すれば、自治体が提供する日本語教育・生活支援プログラムが国の評価基準に組み込まれる。自治体プログラムの設計・実績管理が、外国人の在留可否に関わる制度的意味を持つ時代が視野に入る。
③「生活圏単位」の広域連携と、迫る育成就労制度の移行
提言は「外国人の生活範囲が自治体の境界を越えて広がっている」として、「通勤・通学・医療等の実態に即した『生活圏単位』での広域連携体制の構築が重要である」¹と明記した。現在の多文化共生施策は自治体単位で設計されることが多く、隣接市町村との連携は例外的だ。この提言は、その構造の見直しを迫るものだ。
この「生活圏単位」の問題は、提言が別に求めている育成就労制度(2027年4月施行予定)7の円滑移行とも重なる。提言は転籍ルール等の現場実態に即した配慮を求めているが、転籍が増えれば外国人が居住する自治体が変わるケースが生じ、住民登録・社会保険・子どもの就学手続きなど窓口対応への影響が想定される。技能実習生を多く受け入れてきた地方都市においても、この制度移行前に商工会議所との連携を通じて会員企業の外国人雇用実態を把握しておくことが、自治体の施策設計の重要な基礎データとなりうる。
田村太郎氏もbrIDgeのインタビューで「自治体の行政区域を超えた生活圏単位の連携」の必要性を指摘しており8、研究者・実務家・経済界が同一の課題認識を共有していることが確認できる。
【視点】商工会議所が担い手を宣言した自治体との協働設計を読む
論点①「アンコンシャス・バイアス」に経済界が言及した意味
今回の提言の中で最も注目したい一文は以下だ。
「政府統計や警察白書等によると、外国人と日本人の犯罪率に実質的に大きな差はない。一部のメディアやSNS等において…(中略)…偏った情報で国民の不安が必要以上に高まっている」
経済団体が公式な政策提言でこう明記した意味は大きい。「外国人が増えると治安が悪化する」といった言説を根拠とした外国人施策への反発は、地方議会でも繰り返し提起される論点だ。補助金の廃止論や外国人施策への圧力に向き合う自治体職員にとって、商工会議所提言が示す「客観的なデータ」は、政策判断の根拠を補強する材料の一つとなりうる。
ただし、提言は同時に「不法滞在者の犯罪率が高いデータもある」として「不法滞在者ゼロプラン」の推進も求めており、「秩序ある共生」の両面性——受入れ推進と管理の厳格化——を経済界自身も強調している。「推進一辺倒」ではなく、「データに基づく議論の土台づくり」を求めている点で、自治体行政に実務的な視点を提供している文書と言える。
論点②「生活圏単位」は構造的な問い直しである
提言が「生活圏単位での広域連携」を求める背景には、現場からの明確な課題認識がある。「個別の自治体等での対応には限界がある」として、商工会議所・地域団体・支援団体・企業・自治体が緊密に連携し、文化的・宗教的背景への配慮を含む日常生活支援の拠点を「生活圏単位で整備・活用すべき」としている。
商工会議所はもともと複数の自治体にまたがる地域経済圏を視野に置く組織だ。外国人労働者の就労・居住・通学の実態を熟知し、複数市区町村にわたる会員企業を持つ商工会議所は、行政区域を越えた連携を推進する際のパートナーとして、制度的にも現実的にも機能しうる。
論点③商工会議所を「共生の実装パートナー」として再定義する
4地域の事例から見えてくるのは、商工会議所の役割が「産業支援」から「共生社会の実装」へと拡張されつつあるという現実だ。
| 地域 | 商工会議所の取組と自治体との連携 |
|---|---|
| 気仙沼 | 青年部(YEG)が技能実習生雇用企業の生活指導員コミュニティを組成。市全体の共生環境整備を支援 |
| 豊橋 | 副会頭が市国際交流協会の会長を兼任。商工会議所と市が協働で外国人雇用調査を実施し自治体計画に反映 |
| 磐田 | 市・商工会議所・大学・銀行・信金が産官学金連携協定を締結。外国人定着の職場環境整備を推進 |
| 江戸川 | 区と在日インド商工協会との国内初の包括連携協定に関与。多文化共生センター開設に貢献 |
これらはいずれも、外国人比率が高い地域や特定産業が集積した地域での事例だ。外国人比率が比較的低い地方都市においても、提言が示す図式の本質は変わらない。提言は商工会議所の役割として「行政、事業者等と外国人との接点を活かし、真の共生の実現に向けた役割と取組みが期待される」と明記している。地元の商工会議所がすでに外国人材関連のセミナーや相談支援を行っているなら、それは地域の多文化共生推進体制への参画の入口になりうる。自治体の担当部署として、その現状を把握するところから始めることができる。
自治体職員としての提言の読み方
この提言は「国への要請文書」だが、本文には自治体の具体的な役割が明記されている。「地域の実情に応じた共生ルール(マナー等)の共有や相談体制の整備」「多様な主体との連携による日本語教育」「外国人住民との共生指針・計画の策定推進」「警察・入管と連携した未登録・不法滞在の実態把握」——これらは既に多くの自治体が取り組んでいる事項であり、国が「基本法」を制定した場合には自治体に課される可能性のある義務の候補でもある。
多文化共生計画を策定・改訂済みの自治体が次に問われるのは、「計画の実施主体をどう広げるか」という段階だ。提言は行政・企業・支援機関・地域団体の役割分担を基本法で明確にすることを求めているが、その実装はまず地域の関係者が連携体制を作るところから始まる。地域の多文化共生推進のためのネットワークや協議会に商工会議所が参画しているかどうかを今一度確認することも、実践的な出発点だ。
また、提言が求める「外国人関連統計の整備」は自治体にとっても他人事ではない。外国人住民の国籍・年齢・就学状況・就労状況・社会保険加入状況を自治体としてどこまで把握できているかを問い直す機会として、この提言は活用できる。特に育成就労制度(2027年4月施行)への移行後は、居住自治体や就労先が変化する外国人住民の動態把握がより複雑になることが想定される。商工会議所を通じた会員企業の外国人雇用実態の把握は、そのための準備としても意味を持つ。
総務省「多文化共生の推進に関する研究会報告書 ~地域における多文化共生の更なる推進に向けて~ (令和2年8月) 」でも、共生施策の推進において地域経済団体(商工会議所等)との連携が推奨されており9、今回の提言はその要請に経済界が応える意思を示した文書とも読める。
おわりに
外国人政策をめぐる議論は今、国・研究者・実務家・経済界が同じ方向を向き始めた局面にある。政府は「秩序ある共生」を政策の軸として宣言し、研究者・実務家は現場の実態を語り、経済界も具体的な制度設計の要請を公式文書で示した。
自治体職員はこの流れの重要な当事者の一人だ。提言が明記した通り、外国人政策の実施主体の一つとして、地域でどう動くかを問われる立場にある。商工会議所という「最も身近な経済団体」が「共生社会の実装者になりたい」と公式に宣言した今こそ、その関係性を問い直し、更新する契機にあるのではないだろうか。(編集部)
- 令和7年末現在における在留外国人数について(出入国在留管理庁)https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00062.html ↩︎
- 昭和二十八年法律第百四十三号 商工会議所法(e-GOV)https://laws.e-gov.go.jp/law/328AC1000000143 ↩︎
- 日本商工会議所・東京商工会議所「『外国人との秩序ある共生と受入れ』の戦略的な推進に向けて」(2026年5月14日)本文PDF https://www.jcci.or.jp/file/kikaku/202605/honbun_1.pd ↩︎
- 「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」出入国在留管理庁(令和8年1月23日)https://www.moj.go.jp/isa/policies/others/04_00104.html ↩︎
- 中小企業庁「支援機関の機能と自治体の関係」(2018年7月)https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/shingikai/syoukibokihon/2018/download/180712syoukiboKihon02.pdf ↩︎
- 「外国人児童生徒等教育の現状と課題」文部科学省総合教育政策局国際教育課(令和7年4月)https://www.mext.go.jp/content/20250425-mxt_kyokoku-000041756_005.pdf ↩︎
- 「育成就労制度の概要」厚生労働省・出入国在留管理庁https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/001301676.pdf ↩︎
- 田村太郎「秩序ある共生とは?改正入管難民法を受け地方自治体が考えるべきこと(後編)」brIDge(2026年6月9日)https://bridgejapan.net/900/ ↩︎
- 「多文化共生の推進に関する研究会 報告書」総務省・多文化共生の推進に関する研究会(2020年8月)https://www.soumu.go.jp/main_content/000718726.pdf ↩︎



















