2026年7月24日、政府は「外国人の受入れ・秩序ある共生社会実現に関する関係閣僚会議」を開催し、内閣官房長官は法務大臣に対して、「外国人が日本語や我が国の制度・ルール等を学習するプログラムの創設に向け、有識者会議での議論を進める」よう求めた1。今回検討されるプログラムは「日本語・生活学習プログラム」と仮称され、来日前からオンラインで受講できるようにすることが予定されている。これまで十分に保障されてこなかった日本語教育や日本の制度を学ぶ機会を国が責任を持って提供することで、外国人の地域での円滑な定着を促し、社会の分断の解消に努めようとするものである。
同様の政策は2000年代半ばに欧州各国が導入しているが、その背景には「多文化主義の失敗」があった。第2次世界大戦後のドイツやフランスでは、臨時の労働力としてトルコや北アフリカ等から外国人を呼び寄せ、復興を進めてきた。1970年代にはオイルショックを機に景気後退に直面したが、労働者は帰国せず、それぞれの地域に定着した。1980年代からは家族の呼び寄せや新たな流入も始まり、東西冷戦の終了後には、それぞれの文化的多様性を重視する「多文化主義(Multiculturalism)」が主流となった。
しかし、2000年代には当時のメルケル独首相やキャメロン英首相ら、欧州首脳たちから「多文化主義は失敗した」という声が上がるようになる23。多様性への配慮は重要だが、就労や生活を続けていく上では、その社会の言語や社会規範を学ぶ機会が保障されなければ、よい仕事に就くことができなかったり、周囲とのあつれきが生じたりする。外国人が貧困に陥り、社会的に排除されていく状況は、外国人や彼らの出身国に「欧州は私たちを差別している」という感情を引き起こし、テロや過激な思想を後押しする要因ともなった。
そうした反省を踏まえ、言語や社会規範を学ぶプログラムを国が法に基づいて提供し、分断された社会を再統合しようとする「インターカルチュラル(Intercultural)政策」が、2000年代以降の欧州で広がっている。多文化主義の失敗は、地域で暮らす外国人を放置したことにあり、外国人の受入れや外国人の存在自体に問題があったわけではない。これからも国境を越える人の移動は続くと考えられるため、言語習得の機会や地域のルール、行政手続きなどを学ぶ機会を保障するとともに、広く地域全体で外国人受入れへの合意形成を図り、社会に分断を生じさせないよう努力することがインターカルチュラル政策の特徴である。
日本では1990年代半ばから「多文化共生」という言葉が用いられている。2006年には総務省が「多文化共生推進プラン」を策定し4、コミュニケーション支援、生活支援、地域づくりの3つの分野で、自治体が計画的・体系的に施策を推進することを促した。国が日本語や生活学習を提供する取り組みはこれからだが、日本では自治体や地域が先行して多文化共生に取り組んでおり、欧州で失敗したと言われる「多文化主義」とは異なる進化を遂げてきた。そのため、「多文化共生」は欧州で失敗したと言われる「多文化主義」よりも、その反省を踏まえて展開されることとなった「インターカルチュラル政策」に近い。
欧州から遅れること20年、ようやく日本でも言語や生活を学習するプログラムの検討が始まる。自治体やNPO、住民組織が協働しながら、ボトムアップ型で進化を遂げてきた日本独自の「多文化共生」の概念に立脚し、20年前にはまだ十分に発達していなかったデジタル技術も活用しながら、今後の世界のモデルとなるようなプログラムが創設されることを期待したい。
- 内閣官房「外国人の受入れ・秩序ある共生社会実現に関する関係閣僚会議(第3回)」(2026年7月24日)https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/gaikokujinzai/kakuryokaigi/dai3/gijishidai.html ↩︎
- CBCニュース「ドイツの多文化主義は「完全に失敗した」:メルケル首相」(2010年10月16日)https://www.cbc.ca/news/world/german-multiculturalism-utterly-failed-merkel-1.893171 ↩︎
- BBCニュース「国家による多文化主義は失敗した、とデービッド・キャメロンは語る。」(2011年2月5日)https://www.bbc.com/news/uk-politics-12371994 ↩︎
- 総務省「地域における多文化共生推進プラン」(2006年3月)https://www.soumu.go.jp/kokusai/tabunka_chiiki.html ↩︎

田村 太郎
一般財団法人ダイバーシティ研究所 代表理事
内閣府「外国人材の受け入れ・共生に関する有識者会議」構成員。2020年より同会議メンバーとして政策立案に関与。2026年5月、参議院法務委員会に参考人として招致。全国の自治体・企業に向けた多文化共生の実践に取り組んでいる。






























