当事者インタビュー:制度改正への反応(2)「子どもを一番に考えるようになった」

当事者インタビュー(2)
外国人材を支えてきたベトナム人経営者、在留資格厳格化に揺れる

インタビュー実施:2026年8月12日

「最初は、やっぱり不安しかなかったです。驚きも、不安も、怒りも、仕方がないという気持ちも、全部です」岡山県で会社を経営するベトナム人のトンさん1は、在留資格「経営・管理」の基準変更を知ったときの気持ちをそう振り返る。
外国人材の就労支援に携わり、仲間とベトナムフェスティバルをつくってきた。最近結婚し、年内には第一子が生まれる予定だ。その今、日本で築いた会社を手放し、雇われる側へ移ることも考えている。

地域で築いてきた「コミュニティ」

トンさんが留学生として来日したのは2014年9月。IPU・環太平洋大学を2018年に卒業し、岡山の物流会社に就職した。2020年からは昼間に働きながら、岡山大学の大学院で学んだ。在留資格は「留学」から「技術・人文知識・国際業務」、2022年に「経営・管理」へ。ベトナムとの輸出入や通訳から始め、有料職業紹介や特定技能外国人の支援へと仕事を広げてきた。

岡山に住み続けた理由は、「災害が少なく、安心して暮らせる」からだ。来日以来、仕事と並行して力を注いできたのが、ベトナム人コミュニティの活動だった。VYSA OKAYAMA2でサッカー大会などを企画し、2015年から4回続いたベトナムフェスティバルにも関わった。コロナ禍で途絶えた後、2024年に新たな実行委員会で復活させた。

「日本で築いてきたものは、やっぱりコミュニティです。岡山では、みんなが知り合って、一緒に活動してきました。2015年という早い段階から、地方コミュニティが自分たち主導でイベントや活動を主催できていたのは、かなりユニークな特徴だったと思います。」

【写真:ベトナムフェスティバルの様子】

「3,000万円」が最も高い壁に

2025年10月16日、在留資格「経営・管理」の許可基準が改正された。法人の場合は原則として、資本金または出資総額3,000万円以上、対象となる常勤職員1人以上の雇用、一定の日本語能力、学歴・職歴などが求められる。法務省は、事業実態のない事案や、在留の手段として制度が悪用されているとの指摘に対応するための見直しだと説明している。また、新基準を満たしていない状態では、「経営・管理」から永住許可を受けることもできない3。

トンさんが最も難しいと感じているのは、会社の資本金を3,000万円まで引き上げることだ。

「いきなり日本全国の企業に、『あと3年で資本金を3,000万円にしてください』と言ったら、多分、日本は大混乱でしょう。日本人でも難しいです。人材紹介や手続き、ITのような在庫を持たない仕事で、そこまで資本金を上げるのは現実的ではありません」
不正な事業を取り締まる必要性は否定しない。
ただ、「方法はいろいろある。もう少し丁寧に、本当に取り締まるべきところを調べてほしい」と訴える。「外国人に経営をやらせたくない、という印象を受けます。小さいところが潰れて、大きいところに吸収されるだけなら、結局、現状はあまり変わらないのではないでしょうか」

「必ず不許可」ではない、それでも見通せない

トンさんは、2028年10月を、会社を続けるかどうかを決める「事実上の期限」と捉えている。

制度上、同月16日以降は原則として新基準への適合が求められる。ただし、資本金が3,000万円に届かないことだけで、一律に更新不許可となるわけではない。経営状況や納税状況、次回更新までに新基準を満たす見込みなどを踏まえ、個別に判断される。つまり、「必ず更新できない」と決まっているわけではない一方、「更新できる」と約束されているわけでもない。

何をもって「見込みがある」と判断されるのかは、トンさんには見えにくい。トンさんによれば、周囲には資本金や常勤職員をめぐる条件から更新できなかったと聞く人や、先行きを見越して会社を手放した人がすでにいるという。

「何が正解で、何が間違いかも分からないです。ぎりぎりまで待って、更新できなかったときが一番怖い」

次の更新は2027年6月ごろ。更新が認められても、どの程度の在留期間が与えられるかは分からない。公式には個別判断の余地が残されていても、それを会社と家族の将来を委ねられる確かな見通しとは感じられない。だからこそ、「早めに撤退した方が一番無難」と考え、会社を譲り、就職して別の在留資格へ移ることを検討している。

会社を手放すことは、活動を手放すこと

「「経営・管理」の在留資格を取得したかったのは、日本とベトナムの架け橋となり、両国の交流促進やベトナム人の支援、そして地域コミュニティを盛り上げたかったからです。フェスティバルの開催もその取り組みの1つです。自分の会社であれば自分のやりたいことに挑戦できますが、一般的な会社で働いていては実現が難しいことがたくさんあると感じています」

会社を手放すことは、在留資格を変えるだけではない。自分の裁量で仕事をし、地域活動を続けてきた働き方そのものを諦めることでもある。

日本に残るか、帰るか。

影響は、フェスティバルにも表れ始めた。昨年は飲食以外も含め32店が出店したが、今年は取材時点で約22店の見込みだった。トンさんによれば、在留資格の更新を断念して店を畳んだ経営者もいる。実行委員だった仲間の中にも、すでに帰国し、ベトナムで働いている人がいる。

「日本に残るか、帰るか。みんな話しています。子どもが2歳、3歳の家庭は特に考えています。小学校に入ってから、親の在留資格が更新できず、家族全員で帰ることになれば、一番困るのは子どもです」結婚し、第一子の誕生を控えたことで、考え方は変わった。「子どものことを一番に考えるようになりました。途中まで日本の学校に行って、いきなり帰国することになれば、ベトナム語も十分に話せないかもしれないし、環境も変わる。そうなる前に考えないといけません」

どこで子どもを育てるかは、まだ決めていない。以前、岡山県のベトナム人小学生の支援交流活動の経験から、「みんなが一緒でなければならない」という空気に窮屈さも感じてきた。一方で、ベトナムの家族のつながりを大切にしたいという思いもある。

日本が必要としているのは「短期間働く人」だけなのか

「日本に外国人は必要だと思います。でも、日本が欲しがっているのは、育成就労や特定技能など、短い期間働く人だけではないか、という印象があります。技人国や経営管理が長期的に日本で働き生活することが制度上可能とされています。しかし、実質的にその入り口が狭くなっていて、外国人が定住し、地域社会で一員として共生するための道のりが困難だと感じます」

外国人の就労を支え、岡山で人と人をつないできたトンさんが、今度は自分と家族の居場所を選ばなければならない。制度の目的が不正利用の防止にあるとしても、その影響は会社の資本金だけでは測れない。地域で育ってきた商売や祭り、友人関係、そして、これから生まれる子どもの将来にまで及んでいる。(編集部)

  1. チャン・フィ・トン。2014年に留学生として来日。環太平洋大学卒業後、岡山県内の物流企業で勤務し、岡山大学大学院でMBAを取得。2022年に起業し、外国人材の就職・定着支援や日越通訳・貿易に携わる。学生時代から留学生や技能実習生の支援、ベトナム人コミュニティの活動を続け、ベトナムフェスティバル岡山を主催している。 ↩︎
  2. 「Vysa Okayama」岡山県在住・勤務のベトナム人コミュニティを対象に様々なイベントを企画・運営しているhttps://vysa-okayama.webnode.vn/ ↩︎
  3. 出入国在留管理庁「在留資格「経営・管理」に係る上陸基準省令等の改正について」https://www.moj.go.jp/isa/applications/resources/10_00237.html ↩︎


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